2006/07/09

スイスグリンデルバルト

「1ヶ月ヨーロッパの旅」、逆さのマッターホルン(2006/4/13掲載)の続きです。

Swiss_grin00

ツェルマットからグリンデルバルトまでは、途中インタラーケンを経由するなど、鉄道をいろいろ乗り継ぎます。

スイスのグリンデルバルトは日本人が好きなところの一つのようですね。
ユースホステルの宿泊客も、ツアー客も日本人がたくさん。

写真はツェルマットを出発し、夕方、グリンデルバルトに着いたときに撮ったもの。
壁のようにそそり立つ山、たちこめた白いガス、緑の中に点在する家、など、よく覚えてます。

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2006/04/13

逆さのマッターホルン

Swiss_zermat04

ゴルナーグラートからいくつかのハイキングコースがあって、少し降ったところに小さな池。マッターホルンの見晴らしがよく、晴れていれば逆さのマッターホルンも見られることも。やはり標高が高いということもあって、風が強かったです。

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2006/04/02

ゴルナーグラート駅(標高3089m)

ツェルマット・ユースホステル(2006/3/4掲載)の続きです。

Swiss_zermat03

ツェルマットから、ゴルナーグラート・モンテローザ鉄道に乗ると、終点はゴルナーグラート駅。ゆっくりと高度を稼ぎ、1時間ほどで終点に到着。駅は標高3089mあるそうで、氷河や、4000m級のスイスの山が間近に見えます。このときは良く晴れていましたが、さすがに風が強く、氷点下10度弱とすごく寒かったことを覚えています。

旅の車窓からによると、写真の山はリスカムという山のようですね。(ゴルナーグラート展望台より)

ちなみに、List of mountains of the AlpsWikipediaより)を見ると、ヨーロッパアルプスの山が標高の高い順に並べていておもしろいです。リスカムは、Lyskammで、標高4480mのようです。

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2006/03/04

ツェルマット・ユースホステル

スイスのユースホステルは、食事もおいしいし、泊まる所がきれいです。

スイスのユースホステル公式サイト(Schweizer Jugendherbergen) に、スイス国内のユースホステルがまとまっています。
ここで予約もできるようですね。

当時ツェルマットで泊まったのは、 Zermatt ユースホステル
9月は日本人がたくさんいて、私が泊まったときは一部屋10人、すべてが日本人でした。
日本人には特にスイスの山岳地帯が人気があるようですね。

swiss_zermat02

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2006/03/01

マッターフォルン


氷河急行の車窓から
(2006/1/28掲載)の続きです。

swiss_zermat

氷河急行ツェルマットスイス政府観光局オフィシャルサイト)に着くと、天気がよければ、マッターフォルンが見えます。

こんな山が間近で見られるとは、まさに感動です。

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2006/01/28

氷河急行の車窓から

スイスサンモリッツの風景(2005/12/16掲載)の続きです。

swiss_snmoritz03

サンモリッツからツェルマットまで、氷河急行というすごく標高の高いところを走る列車に乗りました。

朝9時半に出発し夕方5時に到着する、という1日中、列車に乗っているわけですが、車窓からは山の景色が堪能できます。このときはサンモリッツで一緒になった日本人学生と旅をともにしました。

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2005/12/16

スイスサンモリッツの風景

swiss_snmoritz02

湖も、その周りも余計な手を加えていないところが日本の観光地と違うところでしょうか。

ずっと見ていたい風景ですね。

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2005/12/11

スイス旅行の半額チケット

スイスに入るとどうしてもお金がかかりますが、鉄道に関してはこのとき、サンモリッツで購入した半額チケット(Swiss Half Fare Card)が役立ちました、山岳鉄道をよく利用する場合は重宝すると思います。

スイス国鉄Swiss Travel Systemに、その半額チケットのことが少し載っています。

このパス自体は1万円弱(Swiss Tips のスイストラベルシステムを参照)と結構高いですが、山岳鉄道をいろいろ乗ったりすると全体的な金額で見ると割安になったりします。今もそうだと思いますが、もし行かれる方は調べて見られるとよいのでは?

写真はサンモリッツです。
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2005/12/04

スイスサンモリッツは別天地

イタリアからスイスのアルプスへ(2005/11/19掲載) の続きです。

swiss_snmoritz

イタリアミラノから3時間ほどでイタリアとスイスの国境、ティラノに到着します。そこで乗り換えて1時間半くらいでサンモリッツへ。ティラノとサンモリッツの間は、ヨーロッパの鉄道でも景色がよいことで有名なベルニナ急行です。間近に氷河や湖が見えたりします。

私が行った9月のサンモリッツはよく晴れていましたが、湿度も少なく、涼しかったのを覚えています。湖の周りは高い山がそびえていて、うっすらと雪をかぶっていました。

サンモリッツは日本のマラソン選手の強化合宿地としても使われているようですね。

このサンモリッツは、また行ってみたい場所のひとつです。

写真の下側はちょっと分かりにくいですが湖です。

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2005/11/19

イタリアからスイスのアルプスへ

コモは早朝出発し、その日はミラノ経由でスイスのサンモリッツへ行くことに。
ミラノで出会った建築志望の学生と一緒に、ミラノのドゥオモがある広場を散策。ドゥオモとかガレリア・ヴィットリオ・エマヌエレ2世(19世紀末に建築されて世界的に有名なアーケイドとのこと)の建築様式とかをいろいろ教えてもらいました。

イタリアでの移動(2005/11/16掲載)で紹介した路線図に、ミラノからサンモリッツまでの経路が載っています。サンモリッツへ行くまでには、イタリアのティラノというスイスとの国境の駅で1回乗り換え。ティラノからはベルニナ急行に乗り換えてサンモリッツまで。途中高度は2000メートル以上まで上がり、湖と氷河を間近に見ることができます。1年中消えない氷河を間近で見られるのはすごいですね。

写真はミラノからティラノまでの車窓から。
イタリアローマの蒸し暑かった気候から、スイスの涼しい気候へ。山の頂上に白い雪が積もっているのを見ると、だんだんとアルプスに近づくことを実感できます。ちょっとした感動です。

italy_mount

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2005/11/16

イタリアでの移動

italy_rout

ローマ、フィレンツェ、ミラノ、コモなどの地理的な位置です。(トーマスクックの時刻表より)

コモではユースホステルに泊まりましたが、当時で1泊1500円といったところでしょうか。
ベッドも部屋もすごくシンプルでしたが意外と快適でした。そこでの夕食はワイン、鶏肉、パスタなどたくさん出てきて宿泊費と同じくらいの食費でした。ここの食事はなかなかおいしかったです。

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2005/11/13

コモ湖(イタリア)

フィレンツェのドゥオモ周辺にて(2005/11/6掲載)の続きです。

イタリアのフィレンツェから向かったのはコモ湖。

フィレンツェからは、ミラノを経由して行きます。フィレンツェからミラノまではユーロスターで約2時間半。そこから約1時間でコモ湖。コモ湖周辺は高級別荘がたくさんあるところのようですね。

最近では、スターウォーズのエピソード2のロケ地としても有名のようです。(北イタリアの風景より)

コモではよく晴れていましたが、ローマでの蒸し暑さから比べ物にならないくらいに涼しく快適でした。

komo_italy

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2005/11/06

フィレンツェのドゥオモ周辺にて

シエナの街中(2005/10/29掲載)の続きです。

firenze00

これはサン・ジョバンニ洗礼堂の「天国の門」というものでしょうか?
彫刻が見事でした。

プリント写真は少し色あせた感じですが、彫刻が引き立つように補正をかけてみました。

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2005/10/29

シエナの街中

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街中はところどころ急な坂があって、細い路地になっていました。そんな場所でも車が止まっていたりもします。イタリアではそれほど珍しくない光景なんでしょうが、やはり日本とは違う空間ですね。

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シエナのマンジャの塔

カンポ広場に面したところに、高い塔があります。マンジャの塔というようです。

ciena_italy2

欧州雑感シエナではシエナについて詳しく紹介されています。シエナはトスカーナワインの街だとか。ここで紹介されている一番下にあった写真はシエナ近郊の写真だそうです。たしかこんな感じでしたね。

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2005/10/26

シエナのカンポ広場

ciena_italy

ご無沙汰していましたが、コンスタンティヌス帝の凱旋門(2005/10/1掲載)の続きです。

ローマからフィレンツェまでは高速の鉄道で2時間くらい。車窓から見える風景はどこか日本と似てる感じがそのときはしました。畑が広がっていたような気がします。フィレンツェの駅はさすがに世界的な観光地だけあって、人ごみがすごかったです。

写真はフィレンツェから日帰りで行ったシエナ。ヨーロッパ旅行の途中で出会った人たちは、シエナはおすすめだよ、と教えてくれた人が多く、それが理由で行ってみました。

フィレンツェからシエナまでは電車を乗り換えて行きましたが、つなぎが悪かったですかね。シエナの駅も小さく、周りは畑が広がっていました。シエナの街まで行ってみると、大きな広場がありました。ここが有名なカンポ広場というところのようです。行った時は気にしていませんでしたが。

ペルバッコ鉄道情報に鉄道に関するいろいろなことがまとめてあって参考になります。

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2005/10/01

コンスタンティヌス帝の凱旋門

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コロッセオは大きい(2005/9/25掲載)の続き。

当時何も下調べなくコロッセオに行ってみましたが、隣にあった門がずいぶん古そうだったので、写真に撮っておきました。あとから調べてみると、コンスタンティヌス帝の凱旋門というらしいですね。ウィキペディアによると、古代ローマの時代に戦勝を記念して建てた門だそうです。建物は315年にできたもので、ユネスコの世界遺産。

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2005/09/25

コロッセオは大きい

ローマのコロッセオ(2005/9/19掲載)で紹介した写真は内側から撮ったものですが、外から見ると結構大きいです。

rome01

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2005/09/19

ローマのコロッセオ

ニースからローマの路線(2005/9/10掲載)の続きです。

ローマに到着してまず行ってみたのがコロッセオ。非常に大きな遺跡。2000年近く前の遺跡です。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、45,000人も収容できるそうです。今の競技場と変わりないくらいに大きいですね。

rome00

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2005/09/10

ニースからローマの路線

フランスのニースは地中海に面したイタリアとの国境近くに位置しています。東に少し行くとイタリアがすぐのところ。このニース近辺は、パリ方向に戻るとカンヌ、イタリアの方へ向かうとモナコがあったりと、大変見所が多いところです。

モナコがどんなところか知りたい方は、Monaco Official Site をご覧になってください。モナコの情報がたくさん載っているようです。

ニースから1日かけてローマまで。

イタリアのローマへ行くためには、イタリア側の国境に位置する駅、「Ventimiglia」を経由し、海岸線に沿ってサンレモ、ジェノバ、ピサを通ります。

この切符は、VENTIMIGLIA(フランスとイタリアの国境) → ROMA TERMINI(ローマ)までの切符。 午前9時30分出発、夕方5時頃到着。前日に予約しておいたため、予約料として17フラン(右下)かかりました。日本円で500円弱でしたでしょうか。

コンパートメントの座席に6人が座り、朝から夕方までの長旅でした。日中移動したことで、モナコの断崖、地中海などの景色を満喫。9月中旬でしたが、ローマに近づくにつれ、蒸し暑さが増してきました。

長時間の移動は疲れるものですが、印象に残る風景でした。

ticket_to_roma

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2005/09/04

ニースの海岸線

ニースの海岸線はこんな感じできれいな曲線を描いています。

沖のほうへ目をやっても陸地らしきものはまったく見えませんが、このずうっと向うはアフリカ大陸。地中海はとにかく広い海でした。

ニースでは、料理の勉強をしているという日本の方と一緒にレストランへ。このときの、ムール貝入りのブイヤベースはなかなかのおいしさでした。現地の食材のこと、ヨーロッパでの料理の作法のこと、などいろいろと教えてもらいました。

france_nease3

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2005/09/03

ビストロB.O.F

ニースで出会った料理の勉強をしているという日本の方は、その後、大阪のビストロB.O.Fというところで、フランス料理を開いたそうです。

私はまだ行ったことがありませんが、機会があればぜひ行ってみたいと思います。

写真はニースの市街です。9月の中旬でしたが、日差しも強く、さすが地中海の天気と思ったものでした。からっとしてましたかね。

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2005/09/01

フランス・ニースにて

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アルルの街並み その2(2005/8/3掲載)の続きです。

アルルの次に目指したのはニース。アルルからマルセイユまでは普通列車で2時間、そしてニースまでは、TGVを使って2時間。昼過ぎにニースに到着しました。

このとき、マルセイユの駅でニースへ行くという日本の方に会いました。その方はちょうどフランス料理を学びに来ていて、休みの間フランス各地の料理を食べまわっているとのこと。イギリスでも見かけましたが、ヨーロッパでは料理の修業に来ている、という人が多い感じを受けました。この後、この人と一緒にニースの街へ。このときのことは、良い思い出として記憶に残っています。

写真はニースで撮ったもので、海は地中海です。思った以上に海も砂浜もきれいでした。

※6年前のヨーロッパ旅行に関しては、画面左側の「カテゴリー」 → 「1ヶ月ヨーロッパの旅」で紹介しています。

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2005/08/03

アルルの街並み その2

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アルルの紹介が続きます。

私がアルルを訪れたのは9月初旬。このときの天候は快晴。他の季節に行ったことがないのでよく知りませんが、南フランスの天候はこんな感じなんですかね。このときの天候はとても印象に残っています。

アルルで泊まったユースホステルは、駅から歩いて15分くらいでしたでしょうか。宿泊費は日本円で1600円くらい。同部屋に日本語が流暢なフランス人がいたりしました。1部屋8人と大きな部屋で殺風景な感じはありましたが、清潔感があるユースホステルでした。

アルルはマルセイユ、ニースなどの都市の北に位置します。アルルに泊まって次に目指したのはニース。次回はニースをご紹介したいと思います。

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2005/08/02

闘技場は今でも現役?

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写真を見返してみましたが、どうやらこの円形闘技場は今でも現役で使われているようですね。観客席が補修してあったり、骨組みを継ぎ足したりしているようです。中央もきれいに整備されているようだし。

アルルの円形闘技場はローマのコロセウムに比べて格段に小さなものですが、きれいに残っているような感じを受けました。

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2005/08/01

観客席下の通路

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円形闘技場の中はこんな感じです。たしか観客席下の通路。通路と天井は円弧を描いていて、これがほぼ2000年も前に造られたものとは想像もつかないほどです。

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2005/07/31

アルルの円形闘技場

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アルルにある古代ローマ時代の円形闘技場。造られたのは1世紀末だそうですが、そんなに昔で既にこんな建物を造る技術があったということは驚きです。

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アルルの街並み

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フランスのアルルは古代ローマの遺跡がよく残っている場所。そして、ゴッホが描いた風景が残る場所でもあります。(風に吹かれてゴッホのアルル参照)

アルルは日差しが強く、オレンジ色の屋根と茶色い外壁とがあいまって地中海の暑さを演出しているようでした。

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2005/07/30

パリからアルルまでの路線

france_train

このときは、パリ・リヨン駅を11時24分に出発。途中のリヨン駅は通過し、アルルが最終駅。アルルに到着したのは15時20分。TGVとはいっても、スピードはそれほど速くなかったような気がします。途中速いときもありましたが。

南下するにつれて雲がどんどん晴れてきました。このときの雲ひとつない青空はとても印象深いものがありました。アルルまで行けば地中海もすぐそこです。

もう一度時刻表を眺めてみると、TGVはほとんどがパリからマルセイユまで走っているようですね。この路線は他の路線に比べても本数が比較的多いのかもしれません。それにTGVも。

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2005/07/27

パリ・リヨン駅からTGVでアルルへ

バスティーユ広場(2005/7/21掲載)の続きです。

パリのユースホステルで泊まったのはダルタニアンYH。

ユースホステルの場所がよく分からなくて探すのに苦労しましたが、建物は大きな建物で、中もずいぶんきれいでした。当時のお金で2000円くらいで、料理もおいしかったです。同部屋だった日本人に話を聞くと、地下鉄でいろいろ行けるから便利とのこと。

パリでの滞在は短かったですが、またいつか来れることを期待しつつ、リヨン駅からフランス南部の街、アルルへ向かうことに。

paris_liyon

このときはTGVを利用。前日に予約をしておきましたが、ユーレイルユースパスを持っていれば40フラン(当時で1000円?)を追加で払って乗ることができました。

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2005/07/21

バスティーユ広場

france_bastille

ここはフランス革命が始まった重要な場所。
1789年7月14日、絶対王政による弾圧の象徴であったバスティーユ牢獄(写真の場所)が襲撃されたとのこと。ただし写真の自由の天子像は、フランス革命の記念ではなく、1830年の7月革命の犠牲者を祀ったものだそうです。

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2005/07/16

パリのエッフェル塔までの長い道のり

カレー(フランス)にいよいよ上陸(2005/7/5掲載)の続きです。

カレーに到着して、その後は電車でベルギーのブリュッセルに行く予定。

フランスに到着してからもイギリスの時刻だと思っていたので、12時過ぎのつなぎのよい電車を逃してしまいました。時差が1時間あると知ったのはしばらくたってから。ブリュッセルへはこのときフランスのリールで乗り換えましたが、リールまでの電車はそもそも本数が少なめのよう。カレーの駅周辺は珍しいものは何もないしで、結構待ちくたびれたのを覚えています。

calais_time01
上は、トーマスクックの時刻表より。時刻は分かりにくくなっていますが、赤線部分の、「Clais Ville」と「Lille Flandres」は分かると思います。

夕方5時ごろカレーを出発して、乗り換えたりしながら、結局ブリュッセルへ着いたのは夜の8時ぐらい。ちなみに、カレー → リール → ブリュッセル は、緑の牧草が広がっていて、はっきり記憶にないですが牛や羊がいたかもしれません。

その日の宿はブリュッセルを予定していましたが、どうやらチェックインの時間がオーバーしているようで、仕方なくスイスのバーゼル行きの夜行列車に乗って一夜を過ごすことに。バーゼルはフランス、スイス、ドイツが接するくらいの位置にある都市。夜中、バーゼルへ行く途中、プラットフォーム脇にあったオレンジ色の電灯の下、「ルクセンブルク駅」の文字が見えたのを思い出します。

次の日はパリまで。かなりの強行軍でした。

effel_paris

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2005/07/05

カレー(フランス)にいよいよ上陸

france_kalay

朝9時過ぎにドーバーを出発し、カレーに到着したのは「11:00」。乗船時間は片道2時間くらいでした。「11:00」とカッコつきで書いたのは、イギリスの時間で、ということ。この時点ではまったくそのことに気がつかず、まだたっぷり時間がある、としか頭にはありませんでした。

実はこれはフランスの時間で、「12:00」 なんです。

今から思えば良い思い出ですが、この時差を間違えたことで、この日の予定がずいぶんと狂ってしまいました。

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2005/07/04

ドーバー海峡を渡るフェリー

dover_ship

イギリスのドーバーからフランスのカレーへ行く途中、同じフェリーにすれ違いました。
フェリーの中には両替所があったりして、この海峡がイギリスとフランスの国境であることを意識させられます。

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2005/07/02

ホワイトクリフ

ドーバーでは駅から歩いて20分くらいで、普通の家と間違えそうなユースホステルに宿泊。朝は、8時過ぎにはチェックアウトを済ませました。

この日の天気は曇り。いよいよフランスに渡る。いつもそうですが、国境を越えるのはわくわくするものです。この海を渡ればフランス。

ドーバー港をフェリーが出発したのは9時過ぎ。港を出るとしだいに風が強くなり、その風がずいぶん冷たかったのを覚えています。

港を出てしばらくすると、ホワイトクリフがよく見えるようになってきます。ドーバー海峡にもう少し写真が載っています。

dover_white_cliff

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2005/07/01

ドーバー

ドーバーに着いたとき感じたことは、小さな町だということ。

メモには「海がきれい」とありました。ドーバーの砂浜はこんな感じ。写真を撮っているのと反対方向がフェリーターミナルだったと思います。そして、遠くに見えるのがホワイトクリフ。左側の崖の上に建っているのがドーバーのお城です。

dover

ヨーロッパ大陸での鉄道にユーレイルユースパスを使おうと思っていましたが、ドーバー海峡を渡るフェリーでの使用が最初でした。実はユーレイルユースパスを持っていれば、乗船運賃は50%割引。このときは、片道12ポンドで2500円程度でしょうか。

Dover District Council にドーバーの情報が載っていました。写真も載ってます。

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2005/06/29

カンタベリー大聖堂

タワーブリッジ(2005/6/15掲載)のあるロンドンから次に目指したのはイギリス南部の港町ドーバー。当時(6年前)、パリとロンドンを結ぶユーロスターは既に開業していましたが、せっかくだったら船で景色を見ながら、と思いドーバーに行くことに。

セントポール大聖堂近くのシティオブロンドンYHをあとにし、地下鉄でビクトリア駅まで。そこから鉄道に乗って、南下することに。ビクトリア駅から約2時間。カンタベリー西駅に到着。

ここで目指したのは、カンタベリー大聖堂。イギリス国教会の総本山とのこと。1089年から470年の歳月をかけて完成したのだそう。ゴシック様式の教会の古い教会です。

kantabery

ところで、ロンドン・ヴィクトリア駅の良い写真がないかを探してみたら、EXPLORE LONDON というおもしろいサイトがありました。ここに、ヴィクトリア駅のパノラマ写真があります。パノラマ写真ということもあって、実際にロンドンに来た感じがするのでは?

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2005/06/15

タワーブリッジ

テームズ側沿いをずっと歩いていたら、タワーブリッジが遠くのほうに見えてきました。

london03

ずいぶん歩きました。(テムズ川と国会議事堂を参照)

すっかり忘れていましたが、タワーブリッジが見えるということは、ロンドン橋から見た眺めですね。多分。

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2005/06/14

テートギャラリー

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ロンドンは、大英博物館、テートギャラリーなどに行きましたが、どちらも入場料無料。
当然ながら、これが無料?と思うほど見ごたえがありました。このときは、テートギャラリーのほうが印象に残りました。

特にイギリスの画家が描いた風景画がよかったです。旅行ガイドを見返してみると、ターナーの作品が多かったようです。

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2005/06/13

テムズ川と国会議事堂

街は歩くとよく覚えるものですが、ロンドンの街も1日でずいぶんと歩きました。
おかげでずいぶん前のことなのに、よく覚えています。

キングスクロス駅で降りて、その日宿泊するシティ・オブ・ロンドンYHへ。大きな荷物を置いた後、金融で有名なシティ → 大英博物館 → ソーホー → セントジェームズパーク → ウェストミンスター大聖堂 → テイトギャラリー。
そして国会議事堂を眺めながら、テムズ川沿いにタワーブリッジが見えるところまで。

このときテムズ川ではボートの練習をやっていました。2チームくらいで、お互い大きな掛け声をかけながら。

あとさすがにロンドンの天気です。雨が降ったり、強風が吹いたり、晴れたりと、めまぐるしく天候が変わりました。もしかしたら、この日だけだったのかもしれませんが。

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2005/06/11

セントジェームズパーク

london_sntjamespark

ロンドンにあるセントジェームズパーク(St. James's Park)です。

この公園はロンドンの中でも一番印象に残っている場所で、緑あふれる公園です。
旅行ガイドを見ると、「ロンドンで1番古い公園」だそうです。ぜんぜん知りませんでした。
イギリス情報サイト
ロンドンの公園には、その他の公園も紹介しています。また行ってみたいものです。

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2005/06/10

キングスクロス駅

ニュートンのりんごの木(2005/6/1掲載)の続きです。

ケンブリッジからロンドンまでは、電車で1時間くらい。ケンブリッジ駅を出発したのは、朝の8時半くらい。電車に乗車すると、どうやら通勤列車らしく、スーツ姿のビジネスマンと思われる人たちがたくさん。

ロンドンはキングスクロス駅に到着。キングスクロス駅はエジンバラ、ヨークなどからの列車が到着する駅です。当時はハリーポッターの話は世に出ていませんでしたが、その後映画を見たとき、どこかで見たことがある駅だと思ったら、このキングスクロス駅でした。ハリーポッターの「9 と 3/4 番線」で有名です。My Fair TravelsHarryPotterとロケ地の遭遇に、少し載っています。

駅は朝の人ごみですごく活気があったのを覚えています。駅に到着した後はとりあえずユースホステルに直行しました。

london00

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2005/06/01

ニュートンのりんごの木

ケンブリッジの街の風景です。

ケンブリッジの街は観光客とか学生で、結構人がたくさんいたと思います。
ニュートンが万有引力を思いついたと言われるりんごの木がありました。

イーリーEly、ケンブリッジ Cambridgeにりんごの木の写真が掲載されています。

kenbrige01

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2005/05/29

ケンブリッジ大学

ヨークからケンブリッジへ(2005/5/13掲載)の続きです。

ケンブリッジに到着して、まずはユースホステルへ。このとき泊まったのはケンブリッジYH。同部屋4人で、そのうち日本人が2人。建築学科の日本人学生が一緒だったようです。このユースホステルは確か駅から近くにあって便利だったことを覚えています。

ユースホステルから歩いてケンブリッジ大学のほうへ行きました。このとき距離はどのくらいあったか覚えていません。ケンブリッジ大学では、キングス・カレッジ、トリニティ・カレッジなどへ。

kenbrige00

留学のお話 ~University of Cambridgeに、ケンブリッジ大学について、町についてなどがまとまっています。

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2005/05/13

ヨークからケンブリッジへ

昨日紹介したヨーク国際YH(2005/5/11掲載)はメモを見ると、翌日の朝食がついて14.40ポンドでした。1ポンド200円くらいでしたので、3000円くらいでしょうかね。やはり安いです。ちなみに朝食は、ベーコンエッグ、トースト、ビーンズ、ソーセージ、などいろいろ出てきたようです(よくご存知の方には恐縮ですが、こんな感じの料理)。このあと、ヨーロッパ大陸に渡った後の朝食と比べれば、イギリスの朝食はまともでした。というよりも、おいしかったです。

長々とヨークの写真を紹介してきましたが、実はヨークに泊まったのは1日だけ。翌日9月4日にはケンブリッジへ向けて旅立ちました。ヨーク駅を9時半に出発して、ケンブリッジの駅に着いたのは午後1時ごろ。ケンブリッジまでは途中のピーターバラで乗り換えました。ピーターバラからケンブリッジの車窓から見える風景は、建物が少なく、平らな感じだったと記憶しています。

このときのイギリスの移動はブリットレイルパス(Britain By Train)を買って、鉄道を利用しました。このWebでは、ちょうど路線図があります。ヨークからケンブリッジまでは、路線図1路線図2を参照してみてください。
ピーターバラはPETERBOROUGH, ケンブリッジはCAMBRIDGEです。

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2005/05/11

ヨーク・キャッスルからの眺め

york_town

写真右側の白っぽい建物がたしかヨーク・ミンスターです。
逆にヨーク・キャッスルの塔からヨークヨーク・キャッスルを見た写真は、先日掲載(2005/5/7掲載)したかと思います。

ヨークで泊まった場所はヨーク国際ユースホステルでした。ヨークの駅からちょっと離れていましたが、1部屋に木製の2段ベッドが4つくらいあって、結構きれいな部屋だったと思います。

ヨーク国際ユースホステルがどこかウェブにないか探してみたところ、ちょっとよさそうなのがすぐに見つかりませんでしたが、hostelbookers.comというのがありました。

このサイトだと、全世界のユースホステルの空き状況とか予約ができるんですかね。たぶん、オンラインでつながっているところだけだと思いますが、なかなか便利がいいかもしれませんね。

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2005/05/07

ヨークの町並み

york_temple_tower2

ヨーク・ミンスターの塔から眺めたヨークの町並みです。
ちょっと分かりにくいと思いますが、左上あたりのクレーム色の長方形がヨーク・キャッスル。
このヨークにはローマ時代の城や城壁が残っていて、城壁の上を歩けたりします。

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ヨーク・ミンスターの塔に登る

york_temple_tower

このときヨーロッパの教会へ行ったのは初めて。
その後何度か旅行する中で分かったことですが、教会には必ずといってよいほど塔があって、らせん階段をつたって塔の屋上まで行くことができます。

写真は塔の上に行くまでの途中のもの。塔の上からはヨーク市街を見渡すことができました。市街の写真は次回にご期待。

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2005/05/01

ヨーク・ミンスターの中

元の写真は黒が浮き上がって全体が白っぽくなっていたり、オレンジ色の日付が入っていたりしていたので、少しだけ直してみました。日付は黒で塗りつぶしたので、ちょっと変ですね(左上)。ステンドグラスの色はもっとカラフルでしたが、遠くからの撮影ではまったく分かりません。もっと近くから撮るべきでした。ステンドグラスの高さは、写真中央下にいる人と比較してその高さが実感できるのではないかと思います。

york_temple_inside

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ヨーク・ミンスター(イギリス)

7年前の9月3日午前、エジンバラをあとにしてヨークに向かいました。エジンバラからヨークまでは鉄道で2時間半くらい。この区間の車窓からの景色はとても印象に残っています。左側は北海が広がり、線路の両脇は緑の牧草が広がっていました。羊、牛がいたりしてのどかな雰囲気でした。

ヨークに着いて荷物を置きまっさきに行った場所は、ヨーク・ミンスターです。これはイギリス最大のゴシック建築だそうで、13世紀の初めから250年の歳月を費やして1472年に完成したそうです。

ほんとに見事な教会でした。

york_templ

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2005/04/27

プリンシズ通り庭園

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エジンバラの写真をもう一枚。
この公園は、プリンシズ通り庭園というそうで、市民の憩いの場となっているようでした。

明日はエジンバラから南に下ったヨークをご紹介したいと思います。

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旧市街の町並みと公園

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イギリスの公園には長椅子が置いてあって、生前、公園を愛した人たちが、長椅子の背の部分に名前を入れて寄付をすると、聞いていました。この公園には、長椅子がたくさんあって、それぞれに名前とか寄付された年?亡くなった年?とかが入っていました。

長椅子は写真手前です。

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2005/04/26

ウェーバリー駅でバグパイプによる演奏

エジンバラYHで泊まった部屋は、2段ベッドが3つあって、6人中5人が日本人。イギリス、アイルランドを中心に旅行している、と話していた人が多く、旅行の期間は2週間~3週間という人が多かったです。やはり卒業旅行と話している大学生が多かったですね。日本人の中には、イタリアへ料理の修業に来ていて、休みをもらってイギリスへ旅行に来たという人もいたりしました。

下の写真は、エジンバラを立つ日のウェーバリー駅です。このとき、バグパイプを演奏している人がいました。(参考Web Ramsay Pipeband

ちなみに、後ろの古い建物が旧市街です。
公園から見る旧市街は迫力がありました。

edin_town03

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2005/04/24

エリントンYHと近くの教会

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エジンバラでは、エリントンYHに泊まりました。
中心から少し歩きましたが、建物の中が、シャーロックホームズのドラマなどで見かけたような造りをしていたのが印象に残っています。多分、今から思えば、一般的なイギリスの住宅にすぎなかったかもしれませんが。

エリントンYHがWebで紹介されていないか調べてみましたが、見当たりませんでした。
エジンバラのユースホステルは、Hostels in Edinburgh にたくさん載っていました。これで予約するといいかもしれませんね。

写真はユースホステル近くの教会です。ニュータウンと呼ばれる地区だったと思うのですが、ニュータウンでもこの古さ、といった感じでしょうか。ここに来るまで、こんな石造りの教会見たことありませんでした。

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エジンバラ城

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エジンバラのシンボルというべきでしょうか。エジンバラ城です。
崖にそって建っており、強靭さを感じました。

英国ドライブフォトアルバムエジンバラに大きな写真が出ています。

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2005/04/22

エジンバラの風景

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この写真、イギリスエジンバラで撮ったことは確かですが、どこで撮ったのかはっきり覚えていません。
真下が線路だったと思います。カールトン・ヒルの方角かと思っていましたが、どうなんでしょう?

どこの写真か探してみたら、エジンバラだよりというエジンバラ情報満載のWebがありました。ブログもされているそうです。

私の滞在はほんとに短いものでしたが、地図を見返してみると、おもしろいものがたくさんありそうですね。

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2005/04/21

エジンバラ旧市街

edin_oldtown

エジンバラはイギリススコットランドの首都。
旅行のガイドによれば、新市街は18~19世紀、旧市街は16世紀にできたとあります。

この写真は旧市街の写真。
それにしても、石の重厚さが印象的です。

このエジンバラはまた行ってみたい場所のひとつです。

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2005/04/19

ウェーバリー駅(イギリス・エジンバラ)

edin_station

イギリスのエジンバラ(スコットランド)にあるウェーバリー駅です。

エジンバラの街は新市街と旧市街に分かれていますが、確か駅の方角から左側にかけてが新市街、写真を撮った方角と反対の方角が旧市街だったと思います。

市街地の建物がほとんど石でできていて、黒ずんでいたりする様子を見て、その歴史の古さを感じました。初めてのイギリスでしたが、あまりにも駅が立派なので驚いたのを覚えています。

エジンバラは毎年8月にフェスティバル(Edinburgh International Festival)が行われるそうですが、私が行ったのは9月2日。エジンバラ城の前に仮設のスタンドが残るだけでした。

日本は残暑厳しい時期でしたが、エジンバラの空気はひんやりしていました。

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2005/04/18

アムステルダムからエジンバラへ

1998年9月2日朝、ユースホステルを出発して空港に向かった。次の目的地はイギリスのエジンバラ。メモによると、オランダのスキポール空港からエジンバラまでは飛行機で1時間半くらいだったと思われます。大陸とイギリスとの時差は1時間なので、出発した時間と着陸した時間は、それぞれの現地時間で30分程度の差しかありませんでした。

このときの飛行機はがらがら。エジンバラ空港に降り立った乗客は10人もいなかったように思います。ヒースロー空港は入国審査が厳しいと聞いていましたが、エジンバラでの審査はほんとに簡単なものでした。

エジンバラ空港近くの上空から見た、スコットランドの大地がとても印象に残っています。濃い緑一色、起伏があったり、四角く区切られた放牧の柵があったりと、そこにはまさしくイギリスの田舎があるんだなと感じました。

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2005/04/17

スタッツドーレンYH食堂窓からの朝の光景(オランダ・アムステルダム)

写真はカメラがないと撮影できませんが、絵を描けば頭に記憶されているイメージを形にすることができます。
ということで、とりあえずためしに、スタッツドーレンYH食堂の窓から見た、朝の外の様子を描いてみました。
(すみません、へたくそな絵で。感じがつかめればよいかなと。)

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このときの朝の様子が強いイメージとして残っています。

まだ夜が明けない薄暗い中、街頭の明かりがついていて、ジョギングする人、自転車に乗る人、通勤を急ぐ人など、窓の外では朝のあわただしい光景がありました。

アムステルダムは自転車が多い街のようで、セントラルステーションにはたくさんの自転車、道路横には自転車専用レーンがありました。後ろから自転車が近づいているのに、ぜんぜん知らず自転車レーンを横切って、後ろから耳に響くほどの音の大きなブザーを鳴らされたのを覚えています。

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2005/04/15

国立博物館(オランダ・アムステルダム)

amsterdam_unga

スタッツドーレンYH前の運河から撮った写真です。

アムステルダムでは国立博物館に足を伸ばし、レンブラントの「夜警」を見ました。大きな絵で、背景の黒い部分に深みがあったのが印象的でした。なかなかお目にかかれない作品でした。ちなみに、国立博物館の外観は、オランダ政府観光局を見れば分かるでしょうかね。

アムステルダムでぜひ行ってみたいと思っていた場所の一つにゴッホ美術館がありましたが、このときニューヨークでの展示のため入ることができませんでした。

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スタッツドーレンYH(オランダ・アムステルダム)

しば遼街道Webのユースホステルに、ヨーロッパ旅行で私が泊まったユースホステルを紹介していますが、その中でも海外で最初に泊まったユースホステルはアムステルダムのスタッツドーレンYHです。

日本ユースホステル協会ヨーロッパに、ヨーロッパ各地のユースホステルが紹介されていましたが、オランダのスタッツドーレンYHもありました。

オランダに来る前に泊まったことのある日本のユースホステルは4人で一部屋の小さな部屋でしたが、ここのYHは部屋の広さがぜんぜん違いました。2段ベッドが9個くらいある大きな部屋で、ほぼ満員の18人がいる状態。宿泊者は若者が多く、さすがに世界各国の人がいました。日本のユースホステルとの違いに驚くとともに、この先1ヶ月もいれるのだろうかと不安な気持ちになったのを覚えています。

海外のユースホステルに泊まるのは初めてでしたので、いまいち勝手がよく分かりませんでした。でも、オランダで経済学を学ぶと話していたイタリア人にいろいろと教えてもらい、旅行2日目の朝は食堂で、住んでいるイタリアの街のこと、バチカン市国のことなど、つたない英語でいろいろと聞いたりしました。

amsterdam_yh

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2005/04/13

橋と運河(オランダ・アムステルダム)

amsterdamu_bridge

アムステルダムの街は、運河が張り巡らされていて、跳ね橋もところどころにあります。

このときは、9月1日(火)。日本と比べると涼しく、なによりも日本と比べてすごく乾燥していました。のどがよく乾いたのを覚えています。大陸だとやっぱり湿度が低いんですかね。

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2005/04/12

アンネの家(オランダ・アムステルダム)

アムステルダムに来て初めて行った場所は、このアンネの家です。

このとき大勢の観光客がいました。世界中の観光客にとって、何か特別な場所なのかもしれません。
有名な「アンネの日記」はこの場所で書かれたようです。隠し階段があって、部屋もせまく感じました。

日記が展示されていたのも印象に残っています。

amsterdam_anne_house

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2005/04/11

1ヶ月ヨーロッパ旅行の思い出

7年前の9月、大学の休みをとって1ヶ月間ヨーロッパを旅行しましたが、そのときの思い出を日記と写真を頼りに、少しずつまとめたいなと思っています。

当時、海外へ行くのは3度目、ヨーロッパへは初めての旅行でした。
1ヶ月間は、当時泊まったユースホステルで会った人たちからすれば、それほど長い旅というわけではありませんでしたが、私にとってはとても充実したいろいろなものを見ることができた貴重な旅でした。

そのときの旅の目的は、ヨーロッパのいろいろな国を見てまわって、国の違いを見てみたいと思っていました。というわけで、少しぐらい駆け足で旅してもいいのでは?と思っていました。

飛行機がオランダに入って、上から眺めた街の屋根がオレンジ一色、おとぎ話に出てきそうな家だな、と当時は思ったものです。

ヨーロッパで最初に到着した街は、オランダのアムステルダム。
下の写真は、アムステルダムのセントラルステーション。確か東京駅のモデルになった駅だったと思います。

amsterdam_station

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